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熊本地方裁判所玉名支部 昭和53年(む)32号 決定 1978年9月27日

主文

本件取消請求をいずれも棄却する。

理由

一  検察官の刑の執行猶予言渡取消請求の要旨は、「被請求人は、昭和五三年七月二五日熊本地方裁判所玉名支部において道路交通法違反罪により懲役三月、二年間刑の執行猶予の言渡を受け、右判決は同年八月九日確定したが、右判決確定後において、被請求人は右判決確定前の同年一月一一日福岡地方裁判所久留米支部において強姦致傷罪により懲役三年、四年間保護観察付執行猶予の言渡を受けていたものであり、右判決は同月二六日確定している事実が発覚したので、右各執行猶予の言渡の取消を求める。」というのである。

二  一件記録及び被請求人、担当保護司田添国男に対する各審尋の結果によれば、同年八月九日に確定した刑(以下、本刑という。)は、同年五月二七日に普通乗用自動車を無免許で運転したことに対して科せられたものであること、被請求人には昭和五一年中に道路交通法違反で七回(無免許運転の事実を含むものは三回)、業務上過失傷害で一回、いずれも罰金刑に処せられているが、交通事件により懲役刑に処せられたことはなく、昭和五二年以後は本刑の昭和五三年五月二七日まで交通事件の前科がないこと、本刑の無免許運転は偶発的な犯行であること、同年一月二六日確定の刑(以下、前刑という。)による保護観察期間中の成績は稍良であり、本件の無免許運転以外には何らの事故もなく保護司の指導に従つていたこと、被請求人は若年であり、自己の非を認めて深く反省し、保護司及び母親が今後の指導監督を誓つていること、以上の事実が認められる。

三  ところで、本刑においては懲役刑が選択されているが、本刑の裁判において保護観察付執行猶予の前刑が判明していたならば、懲役刑を選択すれば執行猶予の言渡をなし得ないことは明らかであるから、その意味において本刑の裁判は客観的に違法な判決であり、一般に、執行猶予期間中に犯した罪は猶予中でない者が犯した罪に比して犯情が重いものというべきであるから、前刑が判明していればなおのこと懲役刑を選択して実刑判決を受けていたはずであるとも考えられる。しかしながら、本刑の刑種の選択及び刑の量定は前刑の存在を無視してなされたものであつて、本件のように、本刑の罪の法定刑が懲役刑のほかに罰金刑も選択しうるものであり、懲役刑を選択すれば前刑の執行猶予が取消されることとなつて長期の懲役に服さなければならなくなる重大な結果をまねくような特別の事情がある場合には、本刑の刑種の選択及び刑の量定にあたり前刑の執行猶予の取消の結果をも十分念頭におき、情状如何によつては、特に罰金刑を選択して前刑の執行猶予の言渡の取消を回避させることも実務上皆無とはいえない。

四  そこで、前記二で認定した諸般の情状並びに前刑の執行猶予取消の結果を総合考慮すると、前刑が判明していた場合、本刑の裁判において罰金刑を選択する余地が全くなかつたものとまで断定することはできないのみならず、本刑の執行猶予の言渡をそのまま維持することが刑事政策的見地から具体的妥当を欠くものとも断じ得ない。

そうすると、右のような事情の認められる本件においては、前刑の発覚を原因として既に確定した執行猶予の言渡を取消しその法的安定を害する処分を行なうことは、これをさしひかえるのが相当である。

よつて、本刑の執行猶予の言渡はこれを取消すべきではなく、従つて、前刑の執行猶予の言渡も取消すべきではないこととなり、検察官の本刑請求はいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。

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